この曲を聴け! 

Fear of the Dark / IRON MAIDEN
絶叫者ヨハネ ★★ (2005-11-20 22:34:00)
1stから今日に至るまでのMeidenの音楽性の変遷を考える上で、非常に重要なアルバム。4thのPiece of Mindと並び、音楽的な転換点となった作品。議論のあるところかもしれませんが、現在の彼らの音楽性はこのアルバムから始まっているようです。歌詞のテーマも、それまでの映画や文学にインスパイアされたものから同時代的な社会意識や内面的な感情を歌い上げるものが増えてきました。

一聴して、これまでの作品とは音像が大きく変化したのが分かります。狭めの枠の中にぎっしり音を詰めていたこれまでとは変わって、今回は音と音との間の空間がはるかに広がったような感覚です。以前より各パートの音が聞き取りやすくなった分、各々の音が分離して聴こえます。ライヴ的な一体感よりスタジオ録音としての整合性を重視した音作りです(これにはレコーディング方式が変わったこととも関係があるかもしれない)。
この音像は以後度合いを強めつつVirtual XIまで続き、楽曲のヴァイタリティーを奪ってしまうほど極端になってゆきますが、このアルバムではまだその弊害は目立って現れてはいないようです。これならまだ個人の趣味の範囲内、といってよいのでは。ただ私としては前作が音質・音像ともに最高だっただけにこの変化は大いに悔やまれるところ。もし前作のような音であれば、掛け値無しの名作になったと疑いません。

音像の変化とともに、楽曲のムードも一変しました。Piece of Mind〰Seventh Son of Seventh Son期のパノラマティックな色彩感覚とドライなテイストが消失し、Number of The Beast以前の暗く湿ったモノトーンの世界へ戻りました。ただし初期のような冷たい霧に覆われた灰色ではなく、日没後の闇の訪れを想わせる暗く寂しげなものです。
古代エジプトから暗黒の大洋を航海し、時間の回廊を抜けて未来都市をさまよった後、神話の国で透視能力者の運命を垣間見た男たちが、ついに夕闇深い故郷イングランドに帰ってきた、という感じで感慨深いものがあります。そのせいかこれまでになく叙情的な「憂い」の雰囲気が全体に漂っています。Meidenにしては珍しく情緒的というか、楽曲の世界観を描写するよりも、ストレートに感情を表現するような曲想が目立つのも特徴です(以前のMeidenのメロディは、一部の例外を除けば、情感よりも理知的or神秘的なニュアンスが強く、いい意味で「エモーショナルではない」ものが多かった)。

楽曲の方はみなさんもご指摘のように、非常にバラエティーに富んだ仕上がり。有無を言わさぬ突撃ナンバーに始まり、愉快なR&Rあり、グルーヴィで妖しげな曲あり、ドラマティックに展開する曲あり、渋めのバラードあり、奏法実験? という趣きの小曲ありと、いろいろなタイプの曲が詰まっていてまったく飽きさせません。確かにわざわざ入れなくても……と言いたくなるような曲もあるのも事実ですが。

ちなみのこのアルバム独特の楽しさとして、「聴き込むほどに名曲が増えていく」というのがあります。私も最初に聴いた時に印象に残ったのは最初と最後の曲くらいで、あとは「うーん、まあまあかな?」という程度でした。が、その後聴き返す度に「!!!!」という曲が次々と現われ、今では厳しく見ても凡曲・駄曲は後半の⑧⑨⑪くらい、残りはすべて佳曲または名曲といって良い出来です。
序盤の流れを作るには最高のバランスの冒頭三曲やラストを飾る名曲中の名曲Fear of The Darkはもちろんのこと、わずか4分弱の中に信じられないドラマが展開される、マーレイ先生による感動の名曲Judas Be My Guide、悪夢的な妖しさと勇壮かつキャッチーなVoがハイレベルな融合を見せるFear of The Key(あまり人気がないのが悲しいのですが、本当にいい曲です)、 ツインギターが冴えわたるドラマティックなChildhood End(リフ・ソロともおそろしいほどのカッコよさ)などなど、隠れた名曲が盛りだくさんです。これほど多彩な楽曲を高水準にまとめ上げる力量には改めて驚かされます。エイドリアンがいなくても、Meidenは何ら揺らぐことはない、というハリス先生の高笑いが聞こえてくるようです。

アレンジ面では今回はギターが大活躍しています。リフといい、ソロといい、かっこのよいものが多く、聴き所満載です。曲によってはVoの存在がすっかりかすんでしまうほど、ギターが前に出てきています。これにはブルースは不満かもしれませんが、Meiden随一のギターアルバムといっていいとおもいます。

さて楽曲面ではほぼ文句なしの本作にも一つだけ欠点が……。そう、本作で脱退のブルースのVoです。これは……なにやら酷い声です。長年のツアー生活で喉を痛めてしまったのか、それとも新たな唱法で新境地を切り開こうとしたのか分かりませんが、前作同様潰れ気味の引きつった声で歌っています。まあ「ラフ」で「ダーティ」といえなくもありませんが、汚いうえになんだか「車に轢かれて無残な最期をとげたひき蛙のうめき」のような情けなさが漂ってくるのが何とも痛いです。これではブレイズの文句は言えません。はっきりいって楽曲の足を引っ張っています。全曲この声で歌っていないのが幸いなところですが。一体どうしたのでしょう。

個人的なお気に入り度は中の上といったところですが、「Meiden聴きたいんだけど……、たくさんあってどれにしようかな?」という方には、聴きやすいSeventh Son〰か、本作から入る事をおすすめします。楽曲のバラエティーが広く、好みにヒットするタイプの曲を見つけやすいうえ、最後には万人向けの超名曲が用意されているので買って後悔ということはあまりないと思います。
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