その時歴史が動いた (らくがき)
- 75-1. その時歴史が動いた HIGASHI 2003年2月11日(火)23時7分
- ご存じの方も多いと思いますが、このタイトルはNHKの歴史番組です。
で、明日「乱世を制するリーダーの条件」〜湊川の戦い、足利尊氏決断の時〜が放映されます。
高校生以上の日本史を習った方は知っていると思いますが、湊川の戦いとは1336年に一度は京都で破れた足利尊氏が西国武将を味方ににつけ、神戸にて南朝方の新田義貞・楠木正成を破った戦いです。
足利尊氏と楠木正成ほど、戦前・戦後で評価が全く違った武将も本当に珍しいと言えるんですね。足利尊氏は長年日本史の中では不人気な武将で、彼の肖像画でさえ、非常に下品な描き方をしています。特に戦前は天皇に反逆し、忠臣楠木正成を討ち取った人物として疎まれる人だったのです。対して楠木正成は「太平記」や水戸学、幕末の勤王の志士のヒーローとして長く日本人に愛された武将です。ただ湊川の戦いで自刃する際に弟と交わした、たとえここで死んでもまたこの世に生を受けたときには天皇のため朝敵を討ち果たす(七生報国の精神)、との件が戦前の皇国史観の中で狂気化し、特攻隊を生む悲劇に繋がります。よって戦後、楠木正成は日本史の中でタブーとなってしまい、学校教育の日本史ではアッという間に通過してしまうだけの人物となりました。
今回NHKサイドが何故建国記念日の翌日にこのテーマに取り組むのか真意は分かりかねますが、非常に勇気のある決断と言えるでしょう。
僕は足利尊氏が戦前の反動で今評価を上げている事は良い傾向だと思いますが、楠木正成は戦前の狂気の源のように誤解されているのではないかと懸念されるほど、今日本史の中に埋もれているのは明らかに過小評価だと思います。戦前の彼を過大にヒロイックにしてしまった経緯には大いに反省しなければなりませんが、彼自体の生き方は世界的に見ても立派なモノとして評価されることの多い生き方だと思います。
僕も含め、現代の日本人の国家観は世界的に見ても著しく低い。というか他国の人は本当に真剣に自国の行く末を心配し、自分なりのビジョンを持っています。そのために自国の歴史とは真剣に向き合ってますよ。今回のこの番組を若い学生に観てもらい、ひとつの契機にればいいなぁ、と思っています。それぞれのレヴェルで感じてもらえたらいいと思っています。
ヘヴィメタルと何の関係があるの?と今は思うかも知れませんが、長くヘヴィメタルを聴く態度を養えるきっといい肥やしになると思いますよ(笑)
(最新10発言以前は省略) →全発言を読む
- 75-22. Re:その時歴史が動いた HIGASHI 2005年7月10日(日)23時15分
- >クーカイさん、toratoratoraさんへ
おっしゃるとおり「神仏習合」って日本文化を解き明かす上において重要なキーワードだと思います。この重層構造が自己矛盾しないところに日本文化の奥深さがあるんだと思います。
明治維新後、廃仏毀釈を起こし、天皇を唯一絶対神に祭り上げる事で富国強兵の団結を強め、欧米列強に対抗しようとしたのですが、イデオロギーが暴走し、狂気化してしまいました。
敗戦後、与えられた憲法とはいえ、天皇は国民の象徴として分離される形となった。ここで普通はハレーションが起こると思うんですけど、上手く収まった。
それはやはり元々の重層構造があったため、元の鞘に国民が収める事ができたんだと思います。
だから子供に、天皇と総理大臣とどっちが偉いの?、っと聞かれても、どっちも偉いよ、っで説明できちゃうんです(笑)
数年前、スマップの曲で「世界でひとつだけの花(でしたっけ?)」が大ヒットしましたが、それはおそらく歌詞への共感が強かったんだと思うんです。NO1ではなくONLY1、っという発想は正に対立するのではなく、お互いの良さを認め融和しましょう、ってことでしょう。これって八百万の神の発想と同じなんじゃないでしょうか?
あまり長くなるのはどうかと思うので、今回はこのへんで・・・。次回はクーカイさんが投げかけてくれていた死生観について僕なりの意見を書き込もうと思っておりますので、引き続きよろしくお願いします。
- 75-23. Re:その時歴史が動いた area51 2005年7月11日(月)21時14分
- 神仏習合はまさに,日本を代表する考え方ですね.すなわち,敵も味方も異なる宗教も,最後は,まあまあまあ〜と,ある妥協点で落ち着く解決発想です.この思想は,ほんと,すばらしいと思います.いかなる人や文化も,お互い存在するに値するのですから.
でも,この日本人的な和の考えって,なかなか世界には通用しません.今,イスラエル人や,あとパレスチナの人も,この考え方が少しでもあれば自爆テロって,ほとんど起こらないかと思いますが,しかし,そういうわけにもいかないところが現実ってもんです.まあ,この日本では「どうも〜」という意味不明だが,お互い気心しれるような言葉がまかり通る珍しい国なのですが,なぜ平和,すなわち,あいまいなことが.まかりとおるかと私なりに考えてみました.
それは,この日本って,あの太平洋戦争以外は,民族を存亡をかけた戦って一度もしなかったことにその原因があると思っています.特に,庶民がジェノサイドを伴う戦争を体験をしてこなかった(信長の長島一揆はのぞく)ことが,日本人特有の温和な心を作ったかと思います.
そういえば,話は飛びますが,温和といえば,南の島の多くの民族にそれが顕著に現れています.確か,ある南島のパンの木があるような国では,労働がほとんどなくて,競争もなく,住民すべてがものすごく優しくて,善良な人ばかりだそうですよ.もちろん,警察官もいません.島員は一日数時間の労働後は,皆,遊ぶか,酒を飲みか,女をくどくか,とにかく遊ぶことしかしません.こういう人達は,温和で和的で,例え,外部から,少しぐらい変な人がきても,食べ物や家を無償で与えることでしょう.ただし,宗教的なことには,ちょっと神経質かもしれまえんが.
まあ,最後に,宗教が一つしかなくて,それ以外は認めず,自分達の価値感や風習以外を一切認めない人たち(イスラムや過激ユダヤ派)は,日々の生活にも,ものすごく苦労があり,過酷でストレスがたまるような生活を長年してきたことが,その宗教の根底にあると思っています.で,反対に,宗教も価値観も,ある妥協点で認めあるような人たちは,生活に余裕がある人たち(別の言い方だと,他人をある程度は信じられる人たち)だと私は思っています.すなわち,各国民の宗教的特性って,その国の歴史や生活環境,もっと言うと,過酷さ,生き易さが,如実に現れているものだと思います.
- 75-24. Re:その時歴史が動いた 中曽根栄作 2005年7月11日(月)22時35分
- area51さん
>それは,この日本って,あの太平洋戦争以外は,民族を存亡をかけた戦
あの、元寇を忘れてはいけないでしょう。
>日本人特有の温和な心
温和さと言えば、梅雨が日本人の忍耐力と知恵を高めたという説が有名です。
温和さもそれに伴うもののような気がします。
>宗教が一つしかなくて,それ以外は認めず,自分達の価値感や風習以外を一切認めない人たち(イスラムや過激ユダヤ派)
イスラムは元々寛容さが特長であって、原理主義運動は寧ろ例外です。
原理のユダ公は…最初からどうしようもない。
- 75-25. Re:その時歴史が動いた area51 2005年7月12日(火)19時55分
- イスラム原理主義者と,善良なイスラム信仰者と,一緒にしてしまった発言は,間違いがでした.すみません.あとイスラエル市民も多くの人が,平和ないい人達です.
さて,日本が元寇で国の存亡をかけての戦だったのかというところに,私はずっと疑問があります.まず,ほんとに,日本が勝ちたいと思っているのなら,どうして,もっといい作戦を考えなかったのでしょうかね?例えrば,お隣韓国と(属国にはなっていましたが)一緒に戦うとか,あるいは,スパイを中国に送り情報を集めるとか...いくらでも対策はあるかと思いますが,なにもせずに,いきなり来た元寇に武士は,慌てふためきました.つまり,元寇って,武士だけの問題だったような気がしています.元寇が九州であばれていても,当時の関東北部や東北の農民達が,あれを問題にしていたとは絶対に思えません.
あと,太平洋戦争は,国民の戦いというより,軍人達だけの戦争だったと思います.確かに,国民は総動員で戦場に連れて行かれましたが,一元市民のある軍人や市民が,どうして,アメリカ人等と殺しあわなければなららのか,きっと理解に苦しんだと思います(当時は,情報がないため,この理解以前の問題だったかもしれませんが.)
まあ,戦争やトラブルって,ないにこしたことはないので,とにかく神でもなんでもいいので,それが収まればいいと思います.
- 75-26. Re:その時歴史が動いた 中曽根栄作 2005年7月12日(火)21時54分
- >area51さん
あの〜、負けたら蹂躙確実の蒙古帝国軍の侵略戦争に存亡がかからないわけ無いでしょう。さらに元寇をけしかけたのはお隣の高麗という説が有力です。
武士だけの問題?日本領の対馬・壱岐などの農民が元軍に何をされたかもご存じない。
他突っ込みどころは多いですが、下記のサイトを一通り眺めて貰えば解って頂けるかと。
元寇 - Wikipedia
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%85%83%E5%AF%87
きままに歴史 元寇と高麗
http://f48.aaa.livedoor.jp/~adsawada/siryou/genko/genko.htm
>一元市民のある軍人や市民が,どうして,アメリカ人等と殺しあわなければなららのか,きっと理解に苦しんだと思います
理解も何も新聞読めば解ることでしょう。
読んで聴かせて隅々まで広められるだけの識字率や教育体制はあったんですから。
- 75-27. Re:その時歴史が動いた toratoratora 2005年7月13日(水)10時9分
- まあまあ落ち着きましょう(笑)。言い分はよく分かりますよ。
ともかく、いつの時代も戦争はお上が決めることで、
市民にとってははたメーワクなことですよね。
"Peace sells...but who's buying?"ということですよね。
歴史認識って、ホント難しいんだなと思います。
スレッドのタイトルの話をすると、この番組の、三越の創業者や、日本初の女優になった人の話なんかは感動しましたね。
こういう人達に共通してるのは、「常に時代の先を行っている」こと。
パイオニアになる人は、どこの分野でも同じなんだな。
- 75-28. Re:その時歴史が動いた area51 2005年7月13日(水)21時1分
- どうも,熱い議論になってきましたが....まあ,私は,そもそも人が人を殺すようなことが,絶対にこの世にあってはならないと根底にはいつも思っており,戦争イコール,なにか間違いが生じた,と基本的には思っています.だって,誰が好き好んで,他人を殺せるのでしょうか?反対に,どうして,自分が全然知らない人に殺されなければならないのでしょうか?ただし,こういう話は,お互い,人間として,認め合った仲でないと,なかなかわかりあえない話ですので,まあ多くの戦争指導者とは,こういうことは理解できないでしょうから,しょうがなく,戦争もありえるのかもしれません.でも,やっぱり,戦争だけは,なにが何でも避けねばなりません.
あと,新聞を読めば理解できると言う点ですが....
私は新聞ほどいい加減なことを書くメディアもそうそうないかと思っています.もちろんTVも.特に太平洋戦争時って,情報操作が日常的におこなれて,まったく真実は報道されませんでした.例えば,ソ連が満州国に攻め入った悲劇がありますが,あの悲劇遭遇いた人たちの多くは,戦争末期ににもかかわらず(日本が連敗している時),日本は順調に勝っていることを信じて最前線に移住した無垢な人たちでした.更に沖縄,フィリピン,サイパン,トラック,そしてその先端となったガダルカナル,ミッドウェーー...言い出したらきりがありませんが,国民が,もうすこし,真実を知っていたら,どうにでもなったことが,あまりにも多くあります.というか,真実を国民が知っていたら,戦争って起こらなかった,継続しなかったはずです.どうして,負けるとわかっている戦を誰が続けるのでしょうかね?
以上の意見は私個人の考えなので,そうではないと思っていただけるのもおおいに結構なことですので,ここでこういった話は終わりとします.
さて,ここでは,普遍的な歴史の話ですので,そこに戻りますが,NHKでも何度も特集されていますが,武田信玄の跡取りの武田勝頼が,私はもっとも好きです.彼は,信長ほど優秀ではなかったですが,でも,ほとんど同レベルの才能を持った人だと思っています.でも,彼ほどの人でも,世の流れや自分の厳しい境遇からたった10年しか(戦国時代ではものすごく長い時間だったともいえます.)甲斐の国は持ちませんでした.
つまり,もちろん生まれもった才能って重要なのですが,しかし,その人を取り巻く環境や時代もすのすごく重要であり,これらが一致して始めて,パイオニア,というか,なにかを成し遂げられる英雄になれるのかな,と思っています.
- 75-29. Re:その時歴史が動いた クーカイ 2005年7月16日(土)11時36分
- しばらくお邪魔できなかったんですが、話題が思わぬ方向に発展していて、なかなかスリリングです。
原理主義者はどこにでも居ますね。私ははっきり言って嫌いです。
業界にも居ますよね。業界原理主義者。
自分の属する業界のルールが何よりも優先されるという考え方の持ち主です。
自分(と、業界)の権利を主張することに執着すると、知らぬうちに一般常識から乖離した行為を平然ととるようになります。注意したいと思います。
元寇の話題に関連して。
当時の武士というのは実は底辺を支えていたのは半農半武の武士達だったと考えています。
戦があるときは武装して馳せ参じますが、戦が無い時は自宅周辺で耕作しています。
その武士達を束ねていたのが、武士団の頭だったわけですが、このクラスの方々は『吾妻鏡』などにも名前が登場します。とはいえ、武士団の頭クラスでも今に例えて言えば中小企業の社長さんですね。生き残りに必死です。誰につけば生き残れるのか。ですから、同族的な結びつきが有ると思われる武士団の中でも、ある一派と別の一派が敵になって戦っているケースがあります。
では、中世において非武装宣言をした場合、戦いに巻き込まれずに済むのかというと、これは無理だと思われます。ですから、おそらく「単なる農民」という方々もどこかの武士の一派に属し庇護を受け、後方支援部隊(要するに食料の生産)として編入されなければ生き残れない状況にあったと思われます。
そこでまた、仏教の話に戻りますが、このような状況下であったからこそ、鎌倉新仏教は教線を拡張出来たのだと考えます。
また、その下地には浄土教の広い浸透があったのでしょう。古代末期以降、近世の始まりまでの間、人々にとって死は非常に身近なものでした。誰かの死に立ち会うことは現代に比較しはるかに多かったでしょうし、「殺さなければ(自分もしくは家族が)殺される」という状況も多かった。浄土教は「悪事を為すと地獄に落ちる」という考え方を非常に強く主張しますので(『往生要集』源信)、この教えを信じる人は「自分が生き残る為に人を殺す(悪事を為す)と地獄に落ちてしまう」というジレンマに直面してしまいます。かといって殺されるのは嫌だ。
そこで大いに救いになったのが、「南無阿弥陀仏」と唱えれば浄土に往生できるよ。という教えでした。もしくは、光明真言を唱えれば大丈夫だよ。あるいは「南無妙法蓮華経」と唱えればOKだよという教えでした。
これは別の側面で見ると、いかに中世の人々が人を殺して自分が生き残ることに罪悪感を感じていたかということです。また、自分が生き残ることを前提に考えていますので、いかなる苦境の中にあっても生を肯定しているということも伺えます。殺されることは御免だ。生きていたいんだ。でも生きることが罪を為すことであれば、その罪をどのように消滅させればいいんだ。中世人のそういった願いに応えたのが鎌倉新仏教の祖師達だったのです。
また、長くなってしまいました。
しかし、現代日本社会の中で起こる殺人事件に対する「罪の意識の希薄」さを見ると、戦乱の世で殺伐とした世とされる中世の人達の思いをもう一度深く考えてみるのも一考かと思うのです。
もう一度繰り返しますが、歴史を知るということは単なる教養や知識を得る以上のものを与えてくれます。自分がどう生きていくかという指針になりますし、他者とコミュニケートする有効な道具になります。
ただ、戦国大名の処世術を、経営やビジネスの方法論として援用するというのは、歴史を利用する方向性としては間違っていないし、大いにやってほしいと思うのですが、一方で「それだけじゃないんだけどな・・・」と複雑な思いもあったりして(笑)。
まあ、学生の皆さん。歴史は楽しいっすよ。役に立ちますよ。嫌わないで下さいね。ってことで今回はしめたいと思います。・・・お粗末!
- 75-30. Re:その時歴史が動いた 中曽根栄作 2005年7月17日(日)2時14分
- >area51さん
内容の是非はどうであれ、平常時の新聞は世論にはそうそう逆らえません。
非常時には大本営発表という表向きの説明が為されるのも統制の必要性から言えば当然。
真実を流したら士気低下、敗北による蹂躙へと繋がるのを恐れるのも致し方ないかと。
まあいろいろ疑問があって、考える余地が多いのは大変よいことです。
歴史を学び考えることは何ものにも代え難い楽しさがありますから。
- 75-31. Re:その時歴史が動いた HIGASHI 2008年3月9日(日)22時39分
- ≪史上の声・島左近の巻≫
最近不思議な因果を島左近に感じたので書いてみたい。
昨年の10月、出張で飛行機に乗った時のこと。たまたま隣の席になった女子高生との会話で
女子高生「あの〜、島左近ってご存知ですか?」
私「島左近!?石田三成の家来の?確か三成に過ぎたるものが2つあり、とか言われてた武将だよね?」
女子高生「そうです!その島左近。やっと左近様を知ってる人に会えた♪」
っと。聞くと彼女はKOEIの歴史シュミレーションゲームで島左近を知り、いろいろ本で調べていくうちに大ファンになったらしい。まあ、おかげさまでそれから一時間みっちり彼女の島左近自慢を聞かされるハメに(笑) 〜その時まで5ヶ月
そして今年の3月、義父の所で家族団らんで夕食を食べていた時の事に
義父「ところであんたは歴史に興味があったよね?よかったら僕の最近読んだ面白い本を貸してあげようか?」
私 「ああ、是非お願いします。今、結構時間があるんで読めると思うんで・・・」
で、手渡されたのが司馬遼太郎の「関が原」上・中・下巻。読んでみると、またしても島左近登場、ってか主人公。また島左近かよ!?何で最近島左近かね、っと不思議に思っていた。 〜その時まで1週間
その不思議なモヤモヤが一気に晴れる「その時」が今週訪れるのです!
火曜日、新任の支店長に内線で呼ばれた。まあ、軽い面接と自分の支店運営計画を伝えたかったようだ。その話を聞いていたまさにその時、僕は突然ひらめくのです!この人って石田三成にそっくりじゃないか。実利に強い観念主義者。頭が良すぎるため、旧来の手法を好む人からは疎まれる。でも自分に自信があるので自分の意見を押し通す、まさに三成タイプ。
だから今、みんな面接しながら島左近を探してるのね。自分の欠点を補い、自分の理想を実践する人物。お前、それになるように頑張ってみないか、って5ヶ月前から伝えたかったわけね。
なんとまあ用意周到な。あの女子高生も義父も支店長でさえ人事なんて知ってるはずないのにこうなる。恐るべしだ。
島左近になれるとは到底思わないが、期待されてる役割をちょっとだけがんばってみようかな、ね左近様♪
PS死生観の話はまだ考えがまとまらないので、まとまったら書き込みます。クーカイさん、ごめんなさい。
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